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「もふもふしたモノ」と遊ぼう!その3

2011.05.25 09:00|e-tokoro
その1はこちら→

その2はこちら→



大久野島(住所:広島県竹原市忠海町大久野島)は

ウサギの楽園」であると同時に
03_20110516095802.jpg


貴重な「戦争遺跡」のある島でもあります





「毒ガス貯蔵庫跡」
38_20110516095802.jpg 
「日本が毒ガスを使用したということは

 1984年(昭和59年)まで日本では殆ど知られていませんでした」
05_20110516102511.jpg 
「日本陸軍の毒ガス工場として

 昭和4年に大久野島に設置され

 昭和20年終戦後米軍により破壊されました」(資料館パンフより抜粋)
06_20110516102511.jpg 
年間生産量は1,200トン



 
「発電場跡」
46_20110516095801.jpg  
 
09_20110516102057.jpg  



「大久野島 毒ガス資料館」
23_20110516102552.jpg 

「毒ガスの種類」として記されている毒性の大きさに対して

現場の作業員の防護の不完全さ


事実「製造過程」での被害者も多く存在する



この場所で作られた「毒ガス」が

「どのように使われ」「どのような被害をもたらし」

そして今現在「環境にどのような影響を与えているか」



ウサギを見に行ったついでに「資料館」を訪れた程度の私が

伝えられることは少ないのですが



戦争ってなんだったんだろう。

この毒ガスを作った人たちはどんな想いだったんだろう。

誰かが誰かを殺すことによって何を得ることが出来たんだろう。



「当時の真実」や「想い」を正確に知ることは無理だとしても





「戦争ってやっぱりしちゃだめだ」

なんてことを改めて思えたことはよかったかな、と。





こんな「もふもふしたモノ」と触れあえるのも
59_20110516110350.jpg 56_20110516110350.jpg 58_20110516110349.jpg 
平和な「今」があるおかげ
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